5.162026
「おーいミッチャン手伝って」田んぼの向こうから駒ちゃんの大きな声が聞こえる。「わかった」と私の返事。駒ちゃんは製茶工場の事業主で私は高校生である。毎年5月になるとお茶摘みでみんな忙しい。わが家も家族総出で籠をもって手でお茶を摘む。今は全て機械化になってこの光景は消えてしまったようだ。服を着替え工場へ走ると近所のおじさんたちが汗だくになりながらお茶を焙っている。中は蒸し風呂のように暑く、すぐに上半身は裸である。自分の担当は「蒸し」といって摘みたてのお茶を蒸気の中に放り込む一番簡単な作業。高校生のバイトだからこんなものである。後の工程はベテランのおじさんたちが担う。ほぼ徹夜仕事だったと思う。お茶の単価は一日違いで変わる。早いほど高価となるから皆必至である。アルバイトで稼いだ小遣いの使い道は覚えていないが多分母親に全部渡したと思う。ほとんどが親不孝の連続だったが、ちょっとはマシなところもあったとここで少しアピールしておこう。あれからもうどれほど時間が流れたのだろう。駒ちゃんは10年程前に亡くなったと聞いた。あのおじさんたちもとっくにもういない。楽しかったあの頃の思い出だけが新鮮に鮮明に記憶の中に残っている。昨日故郷に住む、すぐ上の姉から新茶が届いた。パーと拡がる懐かしい新茶の香りにあの頃の思い出が蘇った。「ありがとうお姉さん」といいたいところであるが姉さんと呼んだことは一度もない。名前は「はるみ」である。「ありがとう、はるちゃん!」に訂正。
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